ガラス張りの知事室
毎日新聞「毎日の視点」の記事。
『田中康夫前長野県知事は 県庁の1階にガラス張りの知事室を作った。その結果なにが起きたか。県会議員が支持者をつれて知事室に陳情に行かなくなったという。ガラス張りの知事室が 知事と県会議員との関係を変えた。ささいなことに見えるが これまでの県政のシステムを根底から崩してしまったのではないか。県議会が知事不信任決議にまで突っ走った原因も このあたりにあるのではないか。
それまで知事室は3階にあった。静まり返って近寄りがたい雰囲気だ。許された者だけが入れる密室。知事はその中にいた。この聖なる空間に入れるのは知事を支持する県議の特権である。選挙区の支持者を連れて行き 道路を造ってくれ ダムがほしいという陳情を知事につなぐ。国の公共事業では国会議員の秘書が口利きをしてきた。県レベルでは 県議の陳情も本質的には似たような機能を担ってきた。
だが口利きは密室でやるものだ。ガラス張りの知事室では 知事の発言はすべて公開の場の公約だ。「今年は難しいが 来年以降なら考える」というような あいまいな約束手形は切れない。ガラス張り知事室は外見上の奇をてらっただけではなかった。知事と県議とを結びつける陳情という儀式を壊す装置だった。県民に直接語りかけるためには密室は無用だ。多数の県議が知事室へ入る特権を失った。
その代償として田中前知事は県会多数の支持を失った。不信任案は知事が看板にしている「脱ダム宣言」の是非を問うていない。これまでの知事と県議の関係が崩れたことが許せなかったのだ。問題は「密室」である。密室という装置がなくなったら政治は大きく変わる。それを田中前知事のクリスタル県政が実証した。-後略-』(続きは言いたい放題掲示板で)
確かに政治の透明性は必要なことだろう。しかし 何か重要な案件や計画などを練り上げる段階から公開して良い案が出来上がるのだろうか。優れた施策案を完成させるまでには 実に下らないと思われるような案の積み上げから優れた案が出来上がる場合が多い。検討段階を公開にすれば裾野となる案が出て来ない可能性がある。別に悪い事でなくても途中段階を他人に見せたくない場合も有るだろう 例えば女性の化粧のように。何でもかんでも開けっ広げが良いとは言えないと思う。もっとも議員にも相談しない独裁政治なら関係ないだろうが。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)




最近のコメント