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2003年2月28日 (金)

 物価が下がれば嬉しいか

 当然の事だが 企業は物やサービスを作って売り 適正利潤を得て成り立っている。利益が有るからこそ 企業は発展するし 従業員や出資者の生活が守られ 税金だって払う事が出来る。しかし企業は 常にコストダウンに努め 経費を削減し 他社との販売競争に負けないよう販売価格を引き下げる必要が有る。 そうしなければいつかは淘汰されてしまう。

 企業が競争して物が安くなる。我々にとって嬉しい限りである。高価で買えなかった物が買える様になる。テレビ受像機の様に 技術革新の努力により 発売当時の価格が 白黒テレビでさえ当時のサラリーマン月収の10倍以上はしていたものが 今ではカラーテレビが 1万円以下で買える。これは製造会社が利益を削って赤字で販売するから安くなったのではなく 各製造会社が競争してコストダウンの努力をした結果なのだ。

 しかし ある企業が自分の利益を度外視して 赤字覚悟で低価格販売したとしたらどうなる。その業界及び関連する業界ではし烈な戦いが起こるだろう。利潤などより企業が生き残るためにはどうするか。経費節減は勿論 ボーナス 昇給の凍結 更に人件費節約のために人員整理となる。それでも赤字覚悟で市場競争に勝たなければ生き残れない。

 ボーナスは出ない。給料は上がらない。ある日突然解雇される。赤字で税金は払わない。このような状況で 我々は「物が安く買えて助かる」と単純に喜んでいられるだろうか。物が安く買えるのと引き換えに いつ自分の収入が閉ざされるか分らない。今はこの様な過当競争が蔓延している。

 過去 皆が欲しがった テレビを始め 冷蔵庫などの白物家電が普及した時代は 消費活動が活発で景気は上向きだった。最近 皆が欲しがる物として「携帯電話」が有る。昔なら経済が発展するようなビッグ商品で 企業を潤し 経済の発展に貢献するはずだったが 契約者獲得の過当競争で 本体のコストを度外視した安売り競争をして経済を壊してしまっている。

 過当競争を仕掛けて自ら赤字決算に落ち込んだ マクドナルドの様な愚かな企業が増えてくると 今は安泰な業界に身を置いている人でも 何時過当競争に巻き込まれるか分らない。将来日本の人口が減って来れば過当競争は日常茶飯事となるだろう。ADSLの無料競争 加入者は嬉しいが はたして喜んでいていいのか。ここは政治がしっかりとした見通しで舵取りをしないと日本経済の将来を壊しかねない。

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2003年2月27日 (木)

 2・26事件(2)

【昨日26日の続き】

 出発1時間前の点呼で 助役から「反乱発生による臨時ダイヤ」を告げられ 東京駅を空車で出発 新橋駅に臨時停車し客を乗せた。乗車してきた中に 汗びっしょりの陸軍将校がいて 特急車内の有料シャワー室を借りにきた。特急自慢の設備だったが 冬の利用者はほとんどなく「何か訳ありと思った」。

 「富士」が発車した午後3時 戦時警備令が出され 陸軍は 甲府、水戸などの歩兵連隊の一部を 鎮圧のため東京に向かわせた。海軍も 土佐沖で演習中だった連合艦隊のうち 第一艦隊を東京、第二艦隊を大阪に急派し 横須賀(神奈川)の陸戦隊を東京・芝浦に上陸させて海軍設備の警備などに当たらせた。

 第一艦隊の旗艦「長門」の機関兵だった東京都小金井市 竹松俊孝さん(84)は振り返る。「26日午前9時ごろ 大分・佐伯港に着いてすぐ出港命令が出た。普通は ありえないことです。郵便物の授受などのためボートを出した直後だったので それが戻るのを待って 最大速力の20ノット(時速約37キロ)で東京をめざし 27日午前5時ごろ到着した」

 東京・代官山近くの第一師団輜重(しちょう)(輸送)兵第一連隊員だった札幌市の斉藤三郎さん(85)は 27日から3日間 都内で警備についた。「夜警中 一軒の家の前で かっぽう着姿の女性が『兵隊さん ご苦労さま』とお汁粉を振る舞ってくれた」と 鎮圧部隊への市民の励ましを懐かしむ。

 29日午前3時ごろになって 反乱軍の鹿野さんの部隊は出動を命じられ 議事堂を背に三宅坂へ重機関銃を据え付けたが 正面を見てぞっとする。「戦車がこちらをにらみ その周りに 鉄帽をかぶるなど完全装備の兵隊が多数いるんですよ」政府の鎮圧軍は 反乱軍の16倍の約2万4000人に膨れ上がっていた。午前10時ごろ その隊の前に 大きな飯台に湯気の出るおにぎりを山盛りにしたトラック部隊が現れる。

 「空腹の我々は 言われるままに 重機関銃を荷台に載せ おにぎりをもらった。おにぎりに釣られて 武装解除ですよ」反乱軍1558人のうち 兵士のほとんどに当たる1339人は 事件後 簡単な取り調べだけで不起訴処分となった。その8割は 鹿野さんのような初年兵だった。大事件だったが 大多数は 上官の言われるままに参加し そして鎮圧されたのである。

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2003年2月26日 (水)

 2・26事件(1)

 今日26日は あの あまりにも有名な 2・26事件の日。私は更に強い思い入れが有る。それは 今は亡き父から「お前の名前は 2・26事件で暗殺された 斎藤実内大臣からとった。読み方は実(まこと)と同じでは縁起が悪いので実(みのる)とした」と言われたからである。2000年6月28日 読売新聞朝刊に 事件の様子が出ている。生き証人の話で構成されていて面白い。今日 明日と2回に渡り転載。文中の年齢は2000年6月時点(3年前)の年齢。

 1936年(昭和11年)2月26日未明 積雪30センチを超え なお降る雪の中 約1500人の陸軍将兵が首相 蔵相邸や警視庁などを襲い 高橋是清蔵相、斎藤実内大臣、渡辺錠太郎陸軍教育総監らを殺し 永田町一帯を占拠した。反乱軍は「尊皇討奸」の旗を掲げた。決起趣意書には「元老、重臣、軍閥、財閥、官僚、政党等はこの国体破壊の元凶なり」「君側の奸臣軍賊を斬除して彼の中枢を粉砕するは我等の任」とある。ご存知 2・26事件の始まりである。

 東京都江戸川区の鹿野義太郎さん(85)は 警視庁を占拠した第一師団歩兵第三連隊第二機関銃中隊にいた。26日午前4時ごろ 不寝番に小声で起こされ 目的も告げられぬまま 約55キロある重機関銃を4人で持ち上げ 東京・青山墓地東隣の同連隊から 約3キロ北東の警視庁前まで運んだ。午前5時ごろ到着し 銃口を裏門に向けて据え付けた。

 「変な演習だなと話しながら立っていたら 後ろから大声で『弾が来るぞ 伏せろ』と叫ばれ 皆で大げさなと苦笑いしながら伏せた」という。間もなく見知らぬ将校が 警視庁の門を「開門!」と叫んで開けさせ 時計台上の窓から電灯を振り「警視庁占領!」と2、3回 大声をあげた。午前6時過ぎには 永田町の鉄道相官邸に移り 以後4日間 ろう城した。「偉い人はホテルに陣取り 食事もあったらしいが 私らはめしなし 水だけ。寝るのも廊下だった」。

 東京鉄道局の車掌だった横浜市港北区の西沢有さん(93)は 26日午後3時東京発下関行き特急「富士」の乗務当番だった。昼ごろ 東京都大田区の家を出て 蒲田駅から現在の京浜東北線で職場に向かったが 車窓から見る街に通行人や車の往来はほとんどなく「新橋駅を過ぎると 高架線路が道路と交差する場所に機関銃などが据えられ 多数の陸軍将兵がたむろし異様だった」という。【明日27日へ続く】

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2003年2月25日 (火)

 100人の埼玉村

 平成14年3月9日のこの欄に「100人の地球村」として書いたが これを埼玉県に当てはめると次のようになるそうだ。

・65歳以上の人は 13人
  そのうち要介護者は 1人
・15才未満の人は 14人
・会社勤めの人は 33人
・農業従事者(兼業含) 4人

- - - 25日読売新聞朝刊 埼玉版より - - -

 「埼玉県がもし百人の村だったら」・・・。24日始まった県議会代表質問で 深井明氏(自民)は ベストセラーの「世界がもし百人の村だったら」を埼玉県に置き換えて質問に臨んだ。

 埼玉県を「百人の村」に置き換えると 65歳以上は 13人 15歳未満が 14人。深井氏は「この比率が逆転するのは時間の問題。高齢者のうち要介護者は10% 残りの元気な90%の方を 積極的に地域社会で活用すべきだ」と訴えた。また「会社勤めは 33人に対し 農業に携わっているのは兼業を含め 4人にすぎない」と指摘。「農家が減少し 県産農産物が県民に十分に渡っていない現実を重く受け止めなければならない」とも問題提起した。

 土屋知事は「多くの高齢者が培って来た知識や経験を存分に発揮することで さらに元気に過ごして頂ける」。農業については「いかなる時代も 生命の糧を生産する重要性は いささかも変わるものではない。新規就農者は増加に転じており 地産地消運動などの展開で活力ある産業として発展させたい」と答えた。

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 「元気な高齢者の方を 積極的に地域社会で活用すべきだ」という意見に対して 土屋知事は「多くの高齢者が培って来た知識や経験を存分に発揮することで さらに元気に過ごして頂ける」と答えている。しかし 失業者が 5%を越している現状で 高齢者の働く場はない。その様な中での高齢者の活用について もっと踏み込んだ施策を出して欲しいものである。

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2003年2月24日 (月)

 金を使わずじっと持ってるか

 フィクション:ここに百万円の札束が有る。田舎のお爺ちゃんが 裏山を売ったお金の分け前として 自由に使ってくれと 突然送って来てくれた。家族4人 何に使おうか相談している。子供達は ピアノが欲しいとか 最新のゲーム機が欲しいと言ってはしゃいでいる。お母さんは この際 家族で温泉旅行がしたいと言う。そういえば家族全員での泊りがけの旅行はここ4~5年行ってない。

 しかし待てよ 今の会社の様子じゃ4月の昇給は無いと言う噂だし 夏のボーナスだって当てには出来ない。もしかして会社が倒産?リストラ? 有り得ない事ではない。ここは暫らく様子を見た方が良さそうだ。とりあえず貯金して置こう。

 会社は大丈夫でも 物を買うにも 旅行をするにも 暫らく待っていれば 物価がどんどん安くなるから 急ぐ事は無い。旅行費用だって半年も待てば 2割方安くなるだろう。待てば待つほど同じ費用で豪勢な旅行が出来るというものだ。

今は金を使わずに じっと様子を見るに限る。

 これが一般的な考えだろう。これじゃ何時まで経っても物が売れない。物価は下がる いわゆるデフレは止まらない。生活の先行き安心感と 物価の先高感が出て来ないと消費は伸びない。いくら政府が財政出動しても 国債が増え経済の先行き不安を助長するばかりで かえって個人消費は伸びない。

その対策として
(1)生活の先行き不安感を抑制する。
  (a)公務員の所得を下げない。
  (b)高齢者の年金支給額を下げない。
  (c)会社員の所得を 向う3年間は 原則的に前年度分を保障する。
  (d)リストラ解雇は 向う3年間は 原則的に禁止する。
  (e)健康保険は 自己負担を2%に凍結する。

(2)それらの財源確保と物価の先高観が出るよう 消費税を段階的に値上げする(1年に1%ずつ5年間 10%まで)。

 税金(消費税)など上げて欲しくないが この不況で生活が不安定な上 給料を減らしたり 健康保険の自己負担を増やすなど 結局出費増しとなるなら 消費税値上げで 景気回復させてくれれば う~ん いたしかたないだろう。

 でも 消費税値上げは人気が落ちるから小泉首相はやらないだろうな。しかも今は 景気対策の失政を 米国とイラクの戦争のせいにしようと じっと待っている(早く米国が攻撃しないかと)時期でもあるし。

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2003年2月23日 (日)

 NHKアーカイブス

 ずい分昔の事だが 埼玉県川口市に NHKのラジオ放送用? の大きなアンテナが立っていたのを記憶している。2~3度近くを通った事があるが 広い敷地にアンテナ用の鉄塔がポツンと たしか2基立っていた。現在は放送用のアンテナも以前ほど馬鹿でかい物は要らなくなったらしく その跡地に何か造っている話を聞いていた。毎日新聞の余録を読んでいて気が付いた きっとこれだ。

 『あの「八田老人」にずいぶん久しぶりに会って来たよ――とまあ 冗談をいって さてどれくらいの読者に通じるかしら。50代以上の男性なら かなりの確率で「『事件記者』ですね」と答えてくれそうな気がするけれど。埼玉県川口市に出来たNHKアーカイブスに行った。パンフレットにアーカイブスは「世界共通語」とある(「広辞苑」には出ていませんね)。映像だから「文書館」にしにくいのは分かる。だったら 素直に「NHK番組資料館」にすればよかった。

 つまらぬ文句は置くとして なかなか楽しかった。専用画面が置かれた1~3人用のブースが80もある。最大120人が過去NHKで放映されたいろいろのテレビ映像を検索して無料で見られる。現在2000本だが 3年後には5000本に増やす。1958年7月9日放映の「事件記者」第8話前編。輪転機が回る映像に「事件記者」のタイトルがかぶる。むろんモノクロ。冒頭は警視庁の記者クラブで八田老人が新米記者を相手に碁を打っている場面だ。わずか4分だが 同じ年の4月1日放映の「バス通り裏」も見ることができた。少しぼけたモノクロ映像だった。

 現在 他に放送センターなど3カ所にも公開ライブラリーはあるが アーカイブスほど施設は広くない。テレビ50年の年にこうした施設がオープンした意味は大きい。多くの人が気軽に接することで文化遺産としてのテレビ映像は見直されるはずだ。来年には全国7放送局でも利用できるようにするという。ぜひ公開作品もどんどん増やしてほしい。行く末に思いまどうときほど 来し方をじっくり振り返る必要がある。テレビ映像はその貴重なよすがになるだろう。加えてナツメロ的にも大いに楽しみたい。』毎日新聞 余録 2003年2月22日

ぜひ行ってみましょう。案内はこちら⇒【NHKアーカイブス】

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2003年2月22日 (土)

 半額なら食べたいもの

 価格の下落が続くデフレ社会。その傾向がよく表れていたのがファストフードだ。しかし最近 マクドナルドが苦戦し値上げするなど 消費者が低価格に反応しなくなっているようにもみえる。そこで 主婦を対象に「価格が半額になったら もっと食べたいファストフード」と「価格が半額にならなくても もっと食べたいファストフード」を調査した。でも ナゼモスバーガー? NIKKEIプラス1 何でもランキングから

【半額ならもっと食べたいもの】

1.モスバーガー 809票 モスバーガー 290円 テリヤキバーガー 290円に加え 期間限定のメンチやコロッケも人気

2.ケンタッキーフライドチキン 630票 特製のスパイスで味付けし 圧力釜で揚げる独自の製法。オリジナルチキン 200円

3.築地銀だこ 407票 「パリッとした皮 トロッとした中身」が特徴の江戸前風たこ焼き。8個入り 400円

4.ピザーラ 372票 宅配に加え カフェ感覚で飲食できるという店舗も展開。イタリアンバジルMサイズ 2300円

5.ミスタードーナツ 287票 フレンチクルーラー 110円などドーナツ 30種類以上。朝昼食向けにクロワッサンなども

6.ピザハット 275票 サラミ ベーコンを使ったデラックスMサイズ 1800円。生地の耳までチーズが入った生地もある

7.カレーハウスCoCo壱番屋 221票 ライスの量や辛さを細かく注文でき 選べる具の種類も豊富。ライス 300グラムのポークカレー 400円

8.サブウェイ 216 票野菜をふんだんに使ったサンドイッチの店。ベーコンと野菜のシーザーBLTのMサイズ 320円

9.かっぱ寿司 198票 どれでも1皿 100円の回転ずしチェーン。人気のネタはマグロ ハマチ サーモンなど

10.吉野家 169票 牛丼並盛 280円。タレは数十種類のスパイスとワインを使って 風味を高めているという

(注)カレーハウスCoCo壱番屋と吉野家は税込み価格。他は税別価格

【調査の方法】調査会社スコープ(東京・新宿)を通じ 主婦を対象にインターネットで2002年12月下旬に調査。有効回答は1043票。

【半額にならなくてももっと食べたいもの】

1.モスバーガー 454票
2.マクドナルド 304票
3.ケンタッキーフライドチキン 294票
4.吉野家 258
5.ミスタードーナツ 248票
6.かっぱ寿司 239票
7.築地銀だこ 187票
8.カレーハウスCoCo壱番屋 97票
9.ピザーラ 95票
10.サブウェイ 93票

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2003年2月21日 (金)

 圧 力 ?

 サラリーマンの医療費自己負担の引き上げ問題で 日本医師会など医療関係4団体は20日 共同記者会見し 4月からの3割(現行2割)への引き上げの凍結を求めるため 4月の統一地方選で自民党支持を見直す可能性を示唆するとともに 同党系地方議員への働きかけを一段と強める考えを示した。

 日医の石川高明副会長は 17日に「地方選は地方医師会が判断して対応するが 今回の選挙は大変厳しくなる」と自民党の山崎幹事長に伝えたことを明らかにした。その上で「全国で反対することが大事だ。県議会対策を重視するよう(地方医師会に)お願いする」と述べ 地方議会・議員への働きかけを通じて 党執行部に凍結を求める考えを強調した。

 日医によると 43道府県の医師会が道府県議会に凍結を求める意見書の採択を求め 長野県、北海道の両議会が採択している。 【読売新聞より】

 私自身 2割負担が 3割負担になると大変困る。年齢に応じた持病があり 月々 1万円強の医療費を支払っている(平成14年実績 125,700円)。3割負担になると 1万5千円強の出費となり 月々 5千円の出費増となる。年収が減少し年金が減額されるなかの出費増は 家計を直撃する。ぜひ医療費の値上げ(負担増)は阻止してもらいたいと思っている。

 しかし 私が自民党の立場だったら このような形の圧力?は 虫唾が走るほどいやな感じがするだろうなあ~ まるで理不尽に脅されているような気がしてならない。少なくとも立法時(昨年)に話し合っておくべきではなかったのか。

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2003年2月20日 (木)

 お役所根性

 役所の命令は聞くものだ。お上の言う事だから・・・ しかし それは昔の話。今では話し合いで決められる事が多くなり お役所のイメージも上がっているのだが・・・。まずは西日本新聞の記事を読んで頂きたい。

= 介護タクシー「メディス」 事業許可取り消しへ 九州運輸局 =

 国土交通省九州運輸局は19日 全国で初めて介護タクシーを始めた福岡県岡垣町のタクシー会社「メディス」(木原圭介社長)のタクシー事業許可を3月にも取り消す方針を決めた。介護タクシーとは別にスタートさせた移送サービスが「白タク行為」にあたるとして中止を求めてきたが 受け入れる姿勢を見せないため。タクシー業務は全面的にできなくなり 利用しているお年寄りらの“足”に影響がでそうだ。

 メディスは 北九州地区(北九州市など)のタクシーの営業認可を受けており 保有する28台全車を介護タクシーとしても走らせている。一方 昨年10からは福岡地区(福岡市など)に進出し 幼児の通院の付き添いなど運転手が車外で利用者の手助けもする独自の移送サービス「WIC」を始めた。木原社長は WICは「あくまで車外での手助けが主体で タクシー事業ではない」として 福岡地区での営業認可を受けずに始めた。使用する5台は一般車両と同じ「白ナンバー」車。

 これに対し 九州運輸局は道路運送法に照らして「白タク行為」と判断 1月15日に車両使用停止命令を出した。しかし メディス側が従わないため 重い処分に踏み切ることにした。今月26日 木原社長から最終意見を聞く聴聞会を開き その上で処分を正式決定する。木原社長は「旅館の送迎車や幼稚園バス デイサービスの送迎車なども白ナンバーだが 行政はそちらは容認しており 整合性がない」として 命令には従わない考え。「行政の矛盾を多くの人に明らかにしたい」と 聴聞会の公開を同局に求めている。

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 これ位の事 話し合いで解決出来るレベルだろう。民間企業どうしなら とっくに話し合いで解決しているような内容だ。高飛車なお役所の命令に 企業がムッとして 話し合いモードから完全に外れている。こんな揉め事でも 解決までには 時間と金がかかるだろう。税金をムダ使いしないでくれよな。

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2003年2月19日 (水)

 サラリーマン川柳

 毎年恒例となった「第一生命サラリーマン川柳コンクール」 今回は 第16回を迎える。昨年12月に 全国から応募された作品24,529句の中から 優秀作100編が選ばれて掲載されている。この100編の中から ネット投票で ベスト10が決定される。傑作揃いの中から更に好きな一編を選んでみよう。投票は【こちらから】締切は3月14日(金)

100編中の一部

タバコより 体に悪い 妻のグチ   -小心亭主-
顔だけが ブランド品で ない女房   ビート留守
いやし系 うちにいるのは いあつ系   ますお
化粧とり プールに入った ママはどこ   迷える羊
単身赴任 夫婦も今や 「メル友」に…   さびしいパパ

ついに来た 俺も週休 七日制   山川 草木
地球より 家庭に欲しい 温暖化   リストラ父さん
パソコンと ともにかたまる わが頭脳   ヤスの子分デス
餅肌も 十年経てば 鏡モチ   エレキ猫
ついて来い 今では妻に ついて行く   来行

いい感じ 今朝の寝ぐせは ベッカム似   めんこいな
子が描いた ママの顔には 眉がない   晴耕雨読
久しぶり 握手するのに 名が出ない   山悦
カーナビの 払い済むまで 旅中止   椎名 七石
とりあえず 100円ショップで 捜す癖   あっくん

一服の 前に区名を 確かめる   智亜紀
おはようも 言わぬ上司が 訓辞垂(た)れ   一言主
年収は ゴジラ松井の 一打席   上段赤7
孫たちの 交わす言葉は 辞書になし   グランママ
元カレに ナンパされたよ 整形後   さおPちゃん

不景気で わが家子造り 先送り   夕やけ
手を上げて チカンにならず スリに会う   運命
上司ども パソコン見ないで 現場見ろ!!   営業ウーマン
丸投げは どんな技かと 子に聞かれ   町火消
現代病 医者より今は みのもんた   トウニュウ

ペイオフを 悩む暮らしが してみたい   読み人知らず
カメラ付 携帯電話で 居場所バレ   必殺入選人
たばこ吸い 銀座は千代田か 中央か?   路ばた
目の前の 部下にメールで 指示を出し   冷戦職場
接待費 削られ上司 健康に   野木口 忠志

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2003年2月18日 (火)

 どうする医療費の自己負担

朝日新聞の社説である。う~ん! 私がこの社説に賛同しているわけではない。朝日新聞の社説だから取り上げてみた。

医療費負担増―凍結は問題の先送りだ

 この4月から サラリーマン本人の医療費自己負担が 現行の2割から3割に引き上げられる。昨年の国会で成立した改正健保法で決まっていたことだ。ところが ここに来て野党が引き上げの凍結を求め始めた。自民党支持のはずの日本医師会も野党に同調している。確かに負担増は痛い。不況で給料が下がっている会社員は おちおち風邪をひくこともできないと思うかもしれない。

 しかし 野党の姿勢を見ると首をかしげざるを得ないのである。「負担増の前に医療制度の抜本改革を優先させるべきだ」と野党はいう。では 野党は具体的な改革案と実現の手順を一致して示したかというと そうではない。対案なき反対なのである。負担増の凍結という甘い話ばかり振りまくのでは 自民党の族議員と同じではないか。

 3割負担の議論が白熱した1年前 自民党の厚生族議員が「抜本改革をしてから3割負担を」と主張したことがある。このとき小泉首相は 何もしないための「逃げ口上」だと一蹴した。厚相を務めた経験から首相は 抜本改革を唱えるのは 改革を先送りする族議員の常套手段だと見抜いているのだろう。健保や国保などの厳しい財政見通しを考えると 3割負担はやむを得ない。首相は予定通り実施すべきである。

 野党や医師会は保険財政にはまだ余裕があると主張している。小泉首相の「三方一両損」によって 診療報酬が昨年春から引き下げられたことで医療費が減少しているので 負担増は当面必要ないともいう。だが ここで負担増という「緊急手術」を先送りして 保険財政の悪化がのっぴきならない状態になってから負担増を打ち出せば 痛みはもっと大きくなる。

 厚生労働省によると 3割負担を実施すると 中小企業が加入する政府管掌健保の財政はとりあえず維持できるが それも数年間に過ぎない。この小康期間を利用して抜本改革を実現させるべきだ。改正健保法の付則には 今年度中に抜本改革の基本方針をまとめることが盛り込まれている。改革案として坂口厚労相案と自民党案が出されている。野党も対案を示し 政府と国会で議論を詰めてほしい。-続く-

【続きは「三毛猫君の言いたい放題」で】

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2003年2月17日 (月)

 世界初のコンピューター(2)

【昨日16日の続き】

 ENIACはその苦境を打開する切り札として やはり女性コンピューターと結婚していた同校教官のジョン・モークリー(1907―80)が提案したものだった。43年春に軍の予算が付いて開発が始まった。ただ 軍上層部は 開発が成功すると本気では考えていなかったらしい。技術的な課題があまりに多過ぎたからだ。例えば 計算を担う電気回路の主要部品の真空管。現在の半導体素子のように 長期間 安定して作動するのが当たり前の今日からは想像しにくいが 真空管はそのころ3~4か月の寿命とされた。

 ENIACの設計図によると 1万8000本近い真空管が必要で 単純計算すると10分間で1本の割合で真空管が壊れることになり 使いものにならない。開発者の一人ジョン・エッカート(1919―95)が難題を解決していった。真空管は通常の3分の2の電圧で使い 寿命を数十倍に延ばした。また故障は 電源を入れて温まるまでの間に起きやすい。だから電源は切らないようにした。

 大戦には間に合わなかったが 46年初めに完成にこぎつけた。真空管が発する熱対策としてムーア校地下の空調付きの大部屋に設置された。形はU字形をしており 総延長25メートル 高さ2・5メートル 奥行き1メートル。1秒間に400回の掛け算ができた。砲弾の軌道1つの計算時間は4秒。「弾より速い」と言われた。同年2月16日の始動式は報道陣に公開され「コンピューター誕生」のニュースが世界に流れた。ただ 実際はそれ以前から試験的に稼働していたようだ。

 「原爆開発に携わっていた数学者のフォン・ノイマンのグループが前年から核爆発の計算を試していた。始動式も実際は始動ボタンとENIACはつながっておらず お偉いさん相手のセレモニーだった」。バークス氏が秘話を明かしてくれた。一方 ENIAC開発を主導したモークリーとエッカートはムーア校を辞め 翌3月から商業用コンピューターの製造に乗り出した。この機械が やがて「思考の道具」として社会を大きく変えようとは 往時の関係者も思っていなかった。

 英国の発明家チャールズ・バベッジ(1792―1871)は歯車を組み合わせた精巧なコンピューターを構想したが とん挫した。電子式は 大戦下のドイツや英国でも開発されたが その後につながらなかった。ENIACについても 開発者のモークリーが米国の他の研究の成果を応用したとされ「初」かどうかに異論もあるそうだ。

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2003年2月16日 (日)

 世界初のコンピューター(1)

 2月1日のテレビ放送記念日は 1953年(昭和28年)日本放送協会(NHK)が日本初のテレビ放送を始めた日である。今年は 50周年という事で NHKを中心に記念番組が放送された。その中で 高柳健次郎氏が 大正15年(1926年)12月 初めて片仮名の「イ」の文字の伝送に成功した様子も放送された。その後 戦争を挟んで テレビ放送開始まで大変な苦労が有ったようだ。

 テレビに次ぐ 20世紀のビッグな発明品は やはりコンピューターといえるだろう。1946年(昭和21年)の今日 2月16日は 世界初のコンピューターの始動式が行われた日である。始動式は報道陣に公開され「コンピューター誕生」のニュースが世界に流れた。コンピューターが開発されるまでの様子が 1999年5月28日の読売新聞 朝刊に載っている。面白いので転載しよう。

 米国で1940年代 初期のコンピューター開発に挑んだ男たちには、奇妙な共通点があった。その多くが 今では消えてしまった職業の女性を伴りょにしていたのだ。その職業は「コンピューター」。当時の英語で「計算する仕事に携わる人」を指す。「私もコンピューターの一人でした」。米ミシガン州に住む作家アリス・バークスさんの声は 70歳を超えているとは思えないほど張りがあった。

 バークスさんは 42年夏 大学を休学し 学費稼ぎのために名門ペンシルベニア大学ムーア校でこの仕事に就いた。実は4年後に同校から世界初のコンピューターとされる「ENIAC」が生まれるが 当時はもちろん想像だにしなかった。「手動計算機を使っての単調な作業。数の差を計算して ならして……。良く覚えてない。半年ちょっとで結婚したから」。相手は同校教官のアーサー・バークス氏で 彼は間もなくしてENIACの計算回路の設計に携わる。83歳になった現在はミシガン州立大学の名誉教授をしている。

 42年は第2次世界大戦のさなか。同校は 軍の委託をうけ 砲弾をどんな角度で撃ち出せば的確に目標に着弾するか その射出表を作る計算を急ピッチで進めていた。「2000人近くの女性コンピューターがいた」とバークス氏は振り返る。彼女たちは忙しかった。「季節ごとに風向や強さが変わるから 毎月3000種の弾の軌道を算出しなくてはならなかった。週40時間も働いていた」それでも表の作成は遅れがちで 軍からの催促が相次いだ。

【明日17日に続く】

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2003年2月15日 (土)

 磯 出 大 祭 礼

 お祭りというのは 大抵年一回一定の日を決めて行われるが オリンピックのように 4年に一度というのもある。また 日本の干支にちなんだお祭りは 12年に一度というのも多い。例えば 上尾駅西口近くにある 谷津観音堂の本尊「木彫十一面観音立像」は12年に1度 午年の春に御開帳され 上尾市本町にある 大日堂の本尊「大日如来像」は 12年に1回 未年の節分(2月3日)に 御開帳となる。

 12年に一度というと 今回見ておかなければ次はどうなるか分らないといった感じで ものすごく有り難いごりやくが有りそうな気になるが 世の中凄いもので もっと間隔が長く 殆んどの人が一生に一度しか見れないお祭りが有るそうだ。それは 茨城県日立市で行われる「磯出大祭礼」で 何と 72年に一度しか行われない。第1回目が仁寿元年(西暦851年) 第16回目の前回が昭和 6年に行われ 第17回目が今年 平成15年の3月に行われる。

 「磯出大祭礼」は 西金砂神社(茨城県金砂郷町)と東金砂神社(茨城県水府村)が 平安時代大同元年(西暦806年)に日立市の水木浜の大島という磯に 金砂の神が出現したことにちなみ72年に一度磯出をし 清い潮水で御神体を浄めるという神事によるもので 五穀豊穣 天下泰平を祈願して72年ごとの未年に行われる。両神社それぞれに総勢500人を超える氏子が7日間(6泊)をかけ 常陸太田市を経て水木浜までの往復約70kmの道のりを古式にのっとり渡御(行列)する。

 西金砂神社と東金砂神社が行う 磯出大祭礼の際に披露されるのが「金砂大田楽」で 国選択民俗芸能・県指定無形民俗文化財に指定されている。田楽は平安時代より行われた民間の舞踊で田植えの時 笛や太鼓を鳴らして五穀豊穣 万民豊楽 天下泰平を祈願し歌い舞ったもので 後に遊芸化し 寺社の祭祀の余興として盛んに行われたものが 当時のまま受け継がれて今日に至っている。

今回見ておかないと次回はまず見られないだろう。見に行く人 行かない人 何れにしろ興味ある人は 下記のホームページで調べてみて下さい。

  磯出大祭礼   金砂大田楽



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2003年2月14日 (金)

 セーブル磁器展

 昨日13日 日本橋の三越本店へ「セーブル磁器展」を見に行った。ロシアのサンクトペテルブルグにある国立エルミタージュ美術館所蔵のコレクションが公開されている。18世紀のロシアの女帝「エカテリーナⅡ世」の収集品の一部がサンクトペテルブルグ建都300周年記念ということでやって来た。「エカテリーナⅡ世」はドイツの貧しい貴族の出身で 16才でロシアの皇太子に嫁いだ。その後 愛人の近衛部隊兵士らとともに クーデターを起し 夫「ピョートルⅢ世」に替わって1762年即位している。

 愛人とのクーデターにより 自ら女帝として君臨したといえば 暗いイメージだが エカテリーナⅡ世がもたらした 新しい思想や文化はロシアに根づき その治世は ロマノフ王朝のもっとも輝かしい時代を創りだし 国民がもっとも幸福だった時代といわれている。国立エルミタージュ美術館は 1764年にエカテリーナⅡ世が自身のコレクションを「冬の宮殿(Winter Palace)」に展示したことに始まると言われている。

 今回の三越本店での展示は 点数としてはあまり多くなく やや不満は有るが 富と権力で集めたコレクションだけあって 素晴らしいものばかりである。芸術的興味で堪能するか 18世紀の文化へ思いを馳せるか 頂点に立つ人の贅沢を悪いイメージで見るか それは見る人の自由。日本橋の三越本店での展示は 2月23日(日)まで。入場料 700円(三越カード会員は無料)。わざわざでも見に行く価値があると思う。

        

        
                国立エルミタージュ美術館

        
   「カメオ・セット」より 1778~1779年(国立エルミタージュ美術館 所蔵)

    もっと詳しくはこちらから 但し 磁器展開催中のみ。

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2003年2月13日 (木)

 2002年の消費者物価の動き

 総務省統計局から 2001年と2002年の「消費者物価の品目別の動き」が発表されている。これは全国各地の小売店で およそ 600の商品を対象に値段を調べ 2002年の物価が 2001年に比べて値上がりしたか 値下がりしたかを表したものである。値上がり 値下がりのベスト5は次の通り。

上 昇 品 目    前年比(%)
1.長いも       +22.5
2.いわし       +17.0
3.バナナ       +15.0
4.輸入ハンドバック +13.0
5.ごぼう       +10.0

下 落 品 目    前年比(%)
1.ノート型パソコン -27.4
2.チョコレート    -25.2
3.デスクトップ型
    パソコン    -25.2
4.テレビゲーム機  -21.6
5.ビデオカメラ    -17.8

 値上がり1位の「長いも」は 2001年に比べて2002年は日照時間が短く 出来高が少なかった上 台湾の健康ブームで台湾への輸出が増え 品薄となり価格が上がったそうだ。「いわし」はここ数年漁獲高が激減しており 大衆魚から高級魚への仲間入りか。くじらが増えて くじらが食ってしまうとの指摘がある。「輸入ハンドバック」は売れ行き好調。金は有るが 欲しい生活用品がないので とりあえず贅沢品でも買うか といった金持ち日本人の様子が見て取れる。

 値下がりは チョコレート以外は 全て弱電の分野。チョコレートも含めて 生産過剰による販売競争激化で値下がりが著しい。経済の基本は 顧客が欲しがる物を開発して買ってもらい 適正な利潤を上げ その利潤がまわる事で発展するものだが バブルがはじけてからは なりふりかまわぬ過当競争で 自分達で自分達の首を絞めている。折角のビッグビジネス 「携帯電話」も皆で安売りのバッタ物にしてしまい 経済発展に貢献出来ない代物にしてしまった。

 一番馬鹿げているのは マクドナルドの価格設定。安売り競争で 自分の会社の利益を吹き飛ばし 設定価格も乱高下 デフレを加速させ 業界を混乱させただけのお粗末経営。勿論 企業のコストダウン競争により 価格が安くなれば 消費者にとって嬉しい事だし 経済も発展するが 世の中の経済を破壊する様な過当競争は 有難迷惑以外の何ものでもない。

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2003年2月12日 (水)

 患者負担増 実施凍結宣言

今朝の朝刊に「意見広告」として 次のような一頁広告が出ている。

    4月1日。
   サラリーマンの
    出血50%増。


平成15年4月1日、サラリーマンの患者負担が、現在の2割から3割になります。
  (たとえば、今まで4,000円だったら6,000円。6,000円だったら9,000円に)
日本の医療保険財政は、患者さんの負担を増やさなくてもやっていけるにもかかわらず、です。

  本日2月12日。実施凍結宣言日。

理不尽な「サラリーマンの自己負担3割」の凍結を求めて、わたしたちは協力して行動を起こします。

   日本医師会 日本歯科医師会 日本薬剤師会 日本看護協会

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 患者負担が 2割負担から3割負担になれば それでなくても所得が減少傾向にあるサラリーマンにとって打撃が大きい。負担が増えない方が良いに決まっている。我々は 負担増しの理由を 増大する医療費に対して医療保険財政が破綻するためだと聞いている。数々のデーターを見せられれば負担増しも致し方ないかなと思っていた。しかし この意見広告には「日本の医療保険財政は 患者さんの負担を増やさなくてもやっていける」と書いてある。

 本当か? 今まで政府や健康保険組合が言っていた事はウソなのか。どうすれば「日本の医療保険財政は 患者の負担を増やさなくてもやっていける」のか その方法をぜひ明らかにして頂きたい。患者負担も健康保険料も値上げせずにやって行ける方法が有れば大助かりだし 画期的だ。はっきり言って 政治家への圧力などでサラリーマンは「医師会」に対して良いイメージは持っていない。しかし この意見広告には大賛成である。

 本人の負担率が上がれば病院に行く人が減って 病院(医師)の利益が減るから 負担率増加に反対している などと言われないように 患者の負担増加なしに 医療保険財政を健全化する方法を 具体的に示してもらいたい。期待しています。

  日本医師会殿、日本歯科医師会殿、日本薬剤師会殿、日本看護協会殿

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2003年2月11日 (火)

 建国記念の日に思う

 2月11日 今日は「建国記念の日」。戦前の祝日 2月11日「紀元節」は神武天皇が即位したとされる日であるが この日を「建国記念の日」にしようと 自民党が1957年(昭和32年)2月 法案を提出した。この法案はその必要性や どの日を記念日とするかも含め さかんに議論されたが 「紀元節」を「建国記念の日」にすれば 日本はすぐにでも軍国主義に戻り戦争を始めるといったたぐいの 野党などの反対で廃案となった。

 自民党は 翌1958年2月 法案を再提出するが「押し付けられた建国記念の日など 祝う気持ちになれない。紀元節論議などは 戦災者、引揚者、未亡人、老齢者、身体障害者、結核患者など 訴えるに力の弱い人たちが社会保障によって救われてからにしても遅くはない」などの反対意見も多く出された。

 いろいろな議論を経て 法案は1966年6月 9回目の国会提出でようやく成立 現在の2月11日に落ち着いた。祭日を一日決めるだけで 10年近くもかかったわけだが 野党などが言っていた「軍国主義」や「戦争」と言った反対理由が 今考えると 与党の法案にはただ反対のための反対をする野党の馬鹿馬鹿しい言い訳が 滑稽にさえ思え 高額な国会費用を弁償しろと言いたくなる。

 最近の国会でも 予算委員会で予算の審議もせず 他党の悪口の言い合いをしているような議員を見ていると 何のための国会だと腹立たしくなる。特に民主党の菅 直人議員の話など とても野党第一党の党首の話すレベルとは思えない。今国会で 菅氏は 質疑終了後「首相はエキサイトすることはなかったが いくつか問題のある逃げの答弁があった」と勝利宣言したそうだが 国会で論争すべき視点とずれた所で自己満足している様では頂けない。

 法案に関係なく ただ与党を困らすためだけに反対する野党ならいらないし 国民の役に立たない国会ならせめて経費節減でもして金がかからない様にしてもらいたい。議員定数削減・歳費削減など経費節減につながるものは何でもやって貰いたい。今 国会議員の年金増額の話が出ているそうだが 馬鹿も休み休みにしてもらいたい。自分達のやっている仕事の価値の無さを自覚していない様な議員は すぐにでもやめちまえ。

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2003年2月10日 (月)

 今 求められる自己矛盾(3)

【昨日9日の続き】

 閉塞感を打破するためには 今までと同じことをしていても意味がありません。業容は外から見て変わっているようには見えないものの 業績が見違える様に改善 向上するような変化を企業が遂げるためには 変化におけるダイナミズムが必要です。それは 成長の絶頂期から 成熟経済へ移行した時代にミスター・アメリカとまで言われたIBMの歴史が実証してくれています。エイカーズ氏がIBMの最高経営責任者であった当時は 時代の流れは世界の超優良企業にのし上がるきっかけとなった「メイン・フレーム」ではなく「PC」という新産業に変わっていました。

 しかし同社は 従来の「メイン・フレーム」事業を一気に切り捨てるることが出来ず 時間をかけ新たな成長産業へ移行させていく緩やかな変化の道を選んだのです。その結果 時代の流れに上手く便乗できず 負け組みへの仲間入りをしたというワケです。このIBMの事実からも解るように ダイナミックな技術革新とは スピード感があってはじめて実現するものといえます。戦場で生き残るためには「刺される前に刺す」というのは常識でしょう。進攻にしても 退却にしても期を逸すると命取りになるのです。

 激戦を強いられる現在のビジネス環境で 過去の成功体験を打ち壊し「フラストレーション」をバネに業績を伸ばしてきた企業は「ダイナミックなビジョン実現に向けて情熱的にチャレンジを続けている」「トップがそのチャレンジを衰退させない経営を行なっている」の両側面において共通しているといえます。2003年は厳しい企業環境を予想する方が多いようですが 変化が求められる時だからこそ 自己増殖的な企業にとってはチャンスだと思います。

 ここ数年業績を伸ばしているニッセン 西松屋チェーン ミノルタ等に見られるように 勝ち組企業となるためには 情熱を持ってダイナミックなビジョンの実現のために 個々人が真剣に自分で考え そしてチームで議論し 変化していく組織構成でなければなりません。この様な「一歩先に新天地を開拓できる」意識と実行力を持ち得た企業を 一つでも多く投資先として組み入れてゆきたいと考えています。 NIKKO ASSET チーフ・インベストメント・オフィサー 西澤 賢

 益々疲れる世の中になって来ましたね。元気を出して生き抜きましょう。未来の安定のために頑張りましょう! ご同輩諸君! *三毛猫君より*

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2003年2月 9日 (日)

 今 求められる自己矛盾(2)

【昨日8日の続き】

 もちろん本当の意味ではなく ビジネス上でのことですが「敵(商売敵)を倒さなければ 自分がやられる」という点では相通ずるものがあります。一般に「高度成長期」と呼ばれる時代は 一番にならなくても 何とか生き残っていける環境がありました。しかし 状況は大きく変わり 今や「一番でなければ生き残れない。負けたら終わり。」の激動の時代へ突入しているのです。日本の企業の多くは このような意識が薄く 劇的に変化しなくてはならない状況に置かれているにもかかわらず その現実に気付かない 或いは気付いたとしてもあえて目をそらしてしまっている傾向が強いように思います。

 今 日本の企業に求められているのは、「高度成長期」の成功体験は既に通用しないことへの認識と これまでの常識を打ち破るような斬新な試みに果敢に取り組む姿勢なのです。例えば 日本を代表すると言われるエレクトロニクス産業は 変化に対してダメージを受けるネガティブな分野を捨てきれない傾向にあるため 戦略的転換点を捉えて克服するチャンスを逃してしまっています。この有望であるはずの分野には どのような局面においても絶え得る強靭さで激動の世界へ果敢にチャレンジしてほしいものです。

【中略】

 株価がプラスの会社がありました。玩具メーカーのタカラです。タカラは 何度も取り上げさせていただいているのでご存知だと思いますが ここ2-3年「ベイブレード」「なんちゃって」シリーズなど立て続けにヒットをとばしてきました。そのヒットのトドメともいえる商品が犬語翻訳機「バウリンガル」です。唯一 ヒット商品による非連続的変化で株価を押し上げるといったパワーを持っていたのがタカラということになるでしょう。今後 企業の総合的なパワーを判断する上で重要性を増してくるのは タカラのように既存概念にとらわれない発想を実現できる「企業のダイナミズム」にあると考えます。

 ドイツ出身(後にスイス国籍)のノーベル賞作家 ヘルマン・ヘッセ(1877-1962)は「分裂と矛盾を繰り返すことが進歩と発展の原動力である」と説いています。つまり「自己変革とは 今の自分に対して矛盾を引き起こし その結果分裂すること」という事です。【明日10日へ続く】

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2003年2月 8日 (土)

 今 求められる自己矛盾(1)

 不景気・不景気と言われる様になってずい分長い時が経つ。政府の打つ手も何か今一つ決定打がない。過去とは何かが変わっている。過去の延長で物事を見ていては何も解決しないのかも知れない。ここは株屋さんの意見でも聞いてみよう。『本音で語ろう~「今 求められる自己矛盾」~』 NIKKO ASSET チーフ・インベストメント・オフィサー 西澤 賢氏からのメッセージ。

 今後 いつ どのようなタイミングで 何をきっかけにしてマーケットが上昇に転ずるのか また どこの企業の株があがるのか これが我々の日々探求している最大の課題です。過去の事実を振り返って考えてみると「どうもすっきりしない」ということがありませんか? いったいそれは何か? と考えますと「本来あるべき姿ではない状態」が続く「ねじれ」た状態が続いており 実際に社会が変わらなくちゃ 何かしなくちゃ と頭ではわかっていても それを実行できないでいる状態が引き起こすフラストレーションが「すっきりしない」気分を生み出しているようです。

 個人の集団である企業においても このフラストレーションからは逃れられるものではありません。この場合の「フラストレーション」とは「本来取るべき選択が 経営の誤った認識やしがらみによって妨げられる」ことへのフラストレーションを指しますが 現在の様な厳しい環境下では企業内には計り知れない程のフラストレーションが溜まっているように思います。

 たとえ「何かしなくちゃ」が明確になり 実行に移すことができたとしても 規模が大きく動きにくい企業では 実現すること自体が容易ではないはずです。だからでしょうか 今 多くの日本企業にはこのフラストレーション解消に果敢に取り組む姿勢が欠けているように思えてならないのです。私はこれらの企業に 是非 次の言葉を贈りたいと思います。

戦場は激動の世界 故に戦いはすべて果敢に成されなければならない

 紀元前4世紀頃にマケドニア大帝国を治めた事で歴史に名高いギリシャ人のアレキサンダー大王の言葉です。これは何百年もの昔 争いの絶えない激動の時代に言われたものですが 不思議なもので現代に生きる私たちが聞いても「なるほど!」と思ってしまいます。それはなぜなのでしょうか? 答えは簡単です。今の私たちの置かれている環境がこの言葉の時代と同様に「戦場」だからです。【明日へ続く】

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2003年2月 7日 (金)

 地上波デジタル化への準備作業

 この欄に 昨年12月15日「地上波デジタルテレビ放送」として書いたが その準備がいよいよ始まるそうだ。テレビ受像器のチャンネルを調整するため 作業員が受像器のある部屋に上がり込んで作業する。他人が室内に入り込むのだから留守にする訳にはいかない。「そんな話聞いてないよう~」と言っても この作業が終わらなければデジタル放送は始められない。2月6日読売新聞社説から。

 総務省から委託された作業員が 無料でテレビ受像器のチャンネルを調整し 必要ならアンテナの向きを変えていく。アナログ波で送られている地上波テレビ放送のチャンネルを別のチャンネルに移し替える「アナログ周波数変更」が 9日から 東京都青梅市 岐阜県各務原市 奈良県生駒市などの一部地域で始まる。この作業は 地上波デジタル放送が今年末 関東 中京 近畿の三大都市圏で開始されるのに備え デジタル波との混信を防ぐために行われるものだ。該当する地域では 1台の受像器も漏らさずに 確実に調整しなければならない。

 しかも 作業員は 受像器のある部屋に上がり込む必要がある。手間暇がかかり トラブルも懸念される作業だが これが終わらないことには地上波デジタル放送は始められない。関係者には 作業が円滑に進むよう 最善の努力が求められる。テレビをデジタル化すれば 映像は鮮明になり 視聴者と情報を交換する双方向性も向上する。テレビ用に振り向けた周波数を減らせるため 電波の有効利用にもつながる。デジタル化への第一歩となるチャンネル変更は 大きな意味を持つ国家プロジェクトと言っていい。

 変更を迫られる世帯は 全国42都道府県の約426万世帯に及ぶ。費用は約1,800億円で 国が全額を電波使用料収入から負担する。作業が行われる地域では都道府県ごとに「受信対策センター」が設置され このセンターが地元の電器店などと協力して 各家庭を巡回する。作業員には身分証明書と腕章が配布されるので 入室を認める前に確認してほしい。テレビ局も自社の宣伝枠を活用するなどして 作業に協力すべきだ。身分証明書や腕章がどんなものか 事前に映像で見ていれば安心感も高まるだろう。地上波テレビのデジタル化は 今年末から段階的に進められ 2006年には全国に広がる。現在のアナログ放送は 2011年に終了する予定だ。

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2003年2月 6日 (木)

 名 言 珍 言 集

 言い方色々 その様な事も有れば ただの皮肉もある。でも政治家の言葉よりは未だ ましではないだろうか。言葉の裏の裏を考えて楽しもう。著名人の名言珍言 第5弾 週刊ポスト「夫婦口論」から

死は人生の終末ではない。生涯の完成である = 16世紀のドイツの宗教改革者 ルターの言葉

死んだ時に人を悲しませないのが 人間最高の美徳さ = 川端康成「故人の園」の一節

英知を加味した富は 本来の最上の贈り物なり = 古代ギリシアの詩人 ピンダロスの言葉

財産とは 1に健康 2に美貌 3に富である = 古代ギリシアの哲人プラトン

われわれの人生の前半は両親によって台なしにされ 後半は子供たちによって台なしにされる = アメリカの思想家 ダローの言葉

家庭の幸福は諸悪の本(もと) = 太宰 治「家庭の幸福」から

野心と疑惑は 常に同伴する = ドイツの法学者 リヒトベーアの言葉

愛は喪失であり 断念である。愛はすべてを人に与えてしまったときに もっとも富んでいる = ドイツの小説家 グッコーの「全集」の一節

上天気の日に嵐のことなど考えてもみないのは 人間共通の弱点である = イタリアの政治思想家 マキャベリの言葉

はやくいえば 夫婦というものは 鎖で結ばれた徒刑囚なのだ。だから夫婦は足並みそろえて歩くようにしなければならない = ソ連の文豪 ゴーリキの言葉

結婚は多くの苦痛を持つが 独身生活は喜びを持たない = イギリスの評論家 サミュエル・ジョンソン

子を知る親に若(し)かず 然も子を知らざることもまた往々にして親に若かず(もっとも子を知るのは親だが もっとも知らないのも親だ) = 徳冨蘆花「自然と人生」の一節

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2003年2月 5日 (水)

 支持率の高い小泉首相殿

 物が売れない。したがって価格が下落する。なぜ物が売れないのか?金が無いから物が買えないのか。そんな事はない。金は有るが 物価の先安感のため「今は買わない」のである。もっと待っていれば 物価はどんどん安くなる。土地だって 家だって 車だって 株だって もっと安くなるだろう。今 急いで買う必要はない。

 物を買わないのに もう一つ理由が有る。将来の生活不安である。将来は年金が少なくなるので なるべく金を貯めておく。年寄も将来年金が下がると言われれば いっそうサイフの紐をしめる。会社の給料だって下がって来る。公務員の給料も下がったそうだ。もしかして会社のリストラで失業するかもしれない。ここは金を使わずに貯めておくに限る。

 こんな状態では ますます物が売れなくなり デフレスパイラルは止まらない。政府が財政出動しても 国の借金が増えるから 国民の将来不安を煽るばかりである。デフレスパイラルを止めるには 国民が「今」金を使う様な環境を作るしかない。近い将来 物価高が予想される環境と 将来の生活不安解消である。近い将来 物価が必ず上がる事が判っていれば 国民は「今」金を使うのである。近い将来景気が回復して生活が安定する見通しがつけば 国民は「今」金を使うのである。今は未だお金を持っているから。

 すでにアイデアとして出されたが 消費税を毎年1%ずつ上げていく。上限 16%は多すぎるか。10%位が妥当だろう。毎年 1%ずつ上がって行けば 物価先高観から「今」物を買う人が増えてくる。更に 消費税を年金財源にふり向ければ 年金の将来不安が払拭され 消費は伸びる。国民もヘドが出るほどの不景気の中で生活不安におののくより 景気が上向き 消費税を福祉財源に使うなら 5%位の上乗せは良識ある国民なら納得範囲だろう。

 年金や健康保険を全て消費税で賄うなら 16%~20%でも国民の理解を得られるかも知れない。しかし 首相は「消費税は上げない」と言った。消費税を上げると言うと 支持率が確実に下がる。国民の支持率を高くして あくまで人気者でいたいなら消費税に手を付けるのはタブーだろう。しかし デフレスパイラルを止める良案は簡単には見付からない。

 首相に対する 将来の歴史的評価より 現在のミーハー人気に固守するなら 我々は首相と心中するしかない。そして近い将来 歴史が証明する。変人は変人だと。

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2003年2月 4日 (火)

 カーペンターズ

 カーペンターズの歌は 時代や流行に左右されることなく 今も人々に愛されている。我が家も カレンの歌声に魅了された一家である。あの爽やかな歌声を 主に車の中で聴いている。今日は カレンの命日。才能有る者は短命なのか・・・拒食症なんかで何でと悲しくなるが もっと多くの歌を残して欲しかったと思うのは私ばかりではないだろう。

 リチャードとカレンの兄妹によって結成されたポップスデュオ「カーペンターズ」は 1970年に「遥かなる影」でグラミー・最優秀新人賞に選ばれた後「イエスタディ・ワンス・モア」「トップ・オブ・ザ・ワールド」などを次々にヒットさせ 70年代を代表するアーティストになった。透明感ある旋律にカレンの美しく そしてどこかしら哀愁を帯びたすばらしい声。だが カレンは1983年(昭和58年)2月4日 拒食症がもとで32歳の若さで亡くなった。

 ふたりの歌に感動した日本人は数多い。歌手の峠恵子さんもそのひとりだ。小学5年のころ 兄の部屋から流れてきた「青春の輝き」を聞いたとき 体の震えを覚え 以来カーペンターズに魅せられ その歌に影響されて歌手になった。峠さんは「最初に聞いた時 雷に打たれた感じというか 魂が宿ったというような気がした。カレンの魂というのでなく 自分の音楽の魂に魂をくれたというのか 他の音楽とは違う」とも語る。

カレン命日に 峠 恵子さんの記事が有るサイトをご紹介。

http://www.bekkoame.ne.jp/~akichi/html/tougeint.html

http://www.mirai.ne.jp/~gpda/cp/j/tribute/keiko.html

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2003年2月 3日 (月)

 一緒に食べたい専門店チョコ

NIKKEIプラスワン 何でもランキングから

 チョコレート専門店が続々と誕生している。バレンタインデーにチョコを贈るとしたら どの専門店の品を一緒に食べたいか。チョコに詳しい女性に尋ねたところ「ショコラティエ」と呼ばれるチョコ職人の新進の店を抑え 老舗の「ゴディバ」が首位になった。あまり知らないブランドも多いかもしれないが 本命用ならこれ位おさえておこう。チョコ好きには食べ歩きをしたい衝動も。

1.ゴディバ 239票 1926年創業のベルギー王室御用達。日本では72年から店舗を構え 今では百貨店を中心に174店

2.ル ショコラティエ タカギ 127票 東京・世田谷の洋菓子店から2002年10月にチョコ専門店が独立。白い「イチゴトリュフ」が人気

3.ノイハウス 125票 1895年にベルギーで専門店として創業。チョコにアメとナッツを閉じこめた「プラリネ」が有名

3.ラ・メゾン・デュ・ショコラ 125票 1977年にパリで誕生。米国などに計8店。98年開業の東京・北青山の店には32種の粒チョコ

5.和光チョコレートショップルショワ 124票 1988年 銀座に開店。粒チョコ28種に加えケーキも。店内にはチョコや飲み物が味わえる8席

6.ショコラティエ・エリカ 96票 東京・白金台に1982年に開店した国内専門店。ミントチョコで知られる。「エリカ」は花の名

7.ジャンポール・エヴァン 93票 2002年秋 伊勢丹新宿店に開いたパリの有名店。空輸した60―70種がそろう。バーも併設する

7.ミッシェル・ショーダン 93票 パリの高級住宅街に1986年開店。東京・銀座の松坂屋と玉川高島屋の店に30種の粒チョコがそろう

9.ブリュイエール 92票 ベルギーで1909年創業。職人23人が1粒ずつ手作り。バレンタイン時期のみ全国の30百貨店に登場

10.ピエール マルコリーニ 90票 2001年12月に開店したベルギーの著名チョコ職人の店。銀座の店には1600円のチョコパフェも

【調査の方法】調査会社インタースコープ(東京・目黒)を通じ 1月中旬にインターネットで調査。国内外の主なチョコレート専門店24から 10店以上を知っている女性に「バレンタインにチョコレートを贈るとき 相手と一緒に食べたい専門店のブランド」を好きなだけ選んでもらった。有効回答は362票

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2003年2月 2日 (日)

 食事サービスシステム

 昨年12月 上尾中央総合病院に入院した時 食事の暖かさが 昔とちょっと違うぞ という気がした。あまり気にはかけなかったが ネット検索で次の様な記事が出てきた。なるほど 我々があまり気にしない所でも患者の快適さを追及しているのかと嬉しくなった。電子レンジやオーブンで暖めた食事は 冷たい方が良いもの(サラダなど)でも暖かくなってしまう。しかし このシステムなら 暖めたいものだけ温められる。少し古い記事(平成13年4月18日)だが参考まで。

 日清医療食品株式会社(本社:東京都千代田区 代表取締役社長:村田士郎)では 次世代型の病院 施設向け新食事サービスシステムのひとつとして IH(電磁誘導加熱)方式を採用した「IH加熱カート」と「専用食器」を開発し平成13年5月1日より埼玉県上尾市の上尾中央病院で実用化いたします。

 今回開発した「IH加熱カート」と「専用食器」は IH(電磁誘導加熱)原理の採用により食器に直接加熱するため熱効率がよく 家庭での食事と同じように“あつあつの料理”を患者様に提供できることを可能にしたものです。この「IH加熱カート」は 三洋電機株式会社「専用食器」は 株式会社ノリタケカンパニーリミテドの開発協力を得ています。

 現在 一般的に使用されている温食器 温配膳カートでの食事サービスでは 料理の中心温度(芯温)が盛付けから配膳までの時間に下がってしまう問題点があります。この新食事サービスシステムでは 食事の提供時間に合わせて「IH加熱カート」のスイッチを入れるだけで家庭の食事と同様に“充分な温かさ”を確保した料理を召し上がっていただくことができます。

 IH加熱カート用の専用食器(この食器は 専用カート以外では使用できません)食器の底部に銀ペーストを焼き付け 食器自体が加熱し 内部の料理を加熱します。加熱しない料理については 銀ペーストは付いていません。さらに“料理の温かさ”という技術的な側面だけでなく 大手食器メーカーであるノリタケとの開発協力により この専用食器は デザインと色彩心理学に基づく食器のカラーバリエーションに特徴を持たせ「よりおいしく 楽しく」味わっていただけるものとなっています。

【以下略】

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2003年2月 1日 (土)

 壬生(みぶ)義士伝(4)

【昨日31日の続き 最終回】

 斎藤は本気だったが「死ぬわけにはいかぬ!」と叫ぶ貫一郎に気をそがれ「腕試しだ」とごまかす。いつ死んでもいい斎藤には「死にたくないから人を斬ります」と言う貫一郎が全く理解できなかったのだ。さらに貫一郎の侍らしからぬ一面があらわになる。隊規違反で切腹する隊士の介錯をした貫一郎は 刃こぼれが生じたからとお清め代のみならず刀代までも要求したのだ。貫一郎が金にこだわるのは 家族に仕送りするためだった。東北地方は長い飢饉に苦しみ 藩校の助教を務めるほど優秀だが 所詮身分は下級武士に過ぎない貫一郎もまた 貧困にあえいでいた。

 3人目の子供を身ごもり 入水自殺を図る妻のしづ(夏川結衣)を止めた時 貫一郎は脱藩して自分の剣で稼ぐことを決意。幼なじみで組頭の大野次郎右衛門(三宅裕司)の止めるのも聞かず 盛岡を後にした。流れ流れて新選組に落ち着いた貫一郎はしかし もう一度 盛岡の美しい山を眺め 愛しいしづと子供たちをその手で抱きしめることだけが望みだった。まさに水と油の斎藤と貫一郎だったが 貫一郎は斎藤の氷のような心の奥にある温かさに触れる。斎藤は吉原から身請けした身寄りのない女 ぬい(中谷美紀)と暮らしていた。貫一郎にぬいを「醜女」だと紹介する斎藤の眼差しには 思いやりと愛情があふれていた。

 ついに新選組の分裂は現実のものとなる。伊東甲子太郎一派が薩摩と組むために離脱することになった。貫一郎と斎藤は伊東に誘われるが 禄は倍を出すという申し出にも関わらず貫一郎はきっぱりと断る。脱藩で一度は裏切った義を二度は裏切れないと言うのだ。斎藤は伊東についていく。ただし新選組の間者として。首尾よく伊東一派を葬った新選組だったが もはや時代の勢いはとどまるところを知らなかった。京都守護職は解任され 大政奉還が成り 新選組の後ろ盾は全くなくなった。そしてついに新選組の 否 吉村貫一郎 斎藤一ら残された隊士たちの全てをかけた戦いが始まる……。

【さて この後はどうなるか・・・・・。原作を読んだ方は少し不満が残るかも知れないが 膨大な原作を2時間に詰め込むのだからこれで良しとすべきか。吉村貫一郎と大野次郎右衛門の友情をもう少し掘り下げて欲しかった気もする。いずれにしろ 時代劇フアンならずとも お薦めしたい一作である。ぜひ観て下さい。】

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