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2003年6月12日 (木)

 野良猫は可哀相か?

 野良猫が可哀相といって 野良猫に餌を与える光景をよく見かけるが 結果 野良猫が増え 猫嫌いな人は迷惑を感じるし 糞尿などで衛生上も良くないと思われる。動物愛護のつもりが かえって不幸な野良猫を増やし 他人に迷惑をかけてはいないか。自分が餌を与えられなくなった時 その猫たちはどうなってしまうのかという事まで考えて行動したいものだ。

「野良猫の悪臭」賠償訴訟で150万支払い命令…神戸(読売新聞12日朝刊より)

 『野良猫にえさを与えたため ふん尿の悪臭に悩まされたなどとして 神戸市内の親子が近くに住む2組の夫婦に計500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が11日 神戸地裁であった。前坂光雄裁判官は「猫嫌いの人が不快感を味わっている場合 えさを与えるのを中止すべきだ」などとして 猫被害に対する慰謝料40万円を含む計150万円の支払いを命じた。

 判決によると 2000年秋ごろ 被告の1組の夫婦が 交通事故でけがをした子猫を介抱し えさを与えた。そこへ他の猫も集まり出して翌年には約10匹に増え 悪臭が漂い始めた。原告側は精神的なストレスで血圧が上がり 治療を受けるなどした。前坂裁判官は「原告側が猫嫌いで ふん尿などを苦痛に感じていることを知った後も えさやりを続けたことは過失」と認定 1組の夫婦に賠償を命じた。

 また 親子側がえさやり禁止などを求める民事調停を申し立てたのに対し 2組の夫婦が「良識を疑われる」と近くの住民に伝えたことについて 名誉棄損の成立を認めた。』

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2003年6月11日 (水)

 名言珍言集第六弾

 言い方色々 なるほどという事も有れば ただの皮肉もある。言葉の裏の裏を考えて楽しもう。著名人の名言珍言 週刊ポスト「夫婦口論」に毎週2篇取り上げられている。読んで面白ければ幸い。

人間はやはり物欲を持たなくてはいけないな。物欲が衰えた時は 生命力の弱まった時だ = 小説家 上林 暁

己の実力の不十分なことを知ることこそ 自分の実力の充実になる = 大聖職者 アウグスチヌス

磨(と)がずに鍜冶を恨むな(努力せずに生まれつきを恨むな)

伝説には民衆の愛憎と夢が託されている = 評論家 亀井 勝一郎

習慣は人間生活最大の道案内である = イギリスの哲学者 ヒューム

崇高な人間から馬鹿げた人間へは わずかな一歩にすぎない = ナポレオン

若いときは1日は短く1年は長い 年を取ると1年は短く1日は長い = イギリスの哲学者 ベーコン

真に結ばれた夫婦にとって 若さの喪失ももはや不幸ではない。ともに年老いることの楽しさが年老いる辛さを忘れさせてくれる = フランスの小説家 モーロア

いかに示唆するかを知ることは教えの偉大な術である = スイスの文学者 アミエル

重要なことは何を堪え忍んだかではなく いかに堪え忍んだかにある = 古代ローマの哲学者 セネカ

飲食 睡眠 運動の時間に何も考えず快活なのは 最良の長寿法のひとつである = イギリスの哲学者 ベーコン

社交の秘訣は 真実を語らないということではない。真実を語ることによってさえも 相手を怒らせない技術である = 萩原朔太郎

私はいつも神様の国へ行こうとしながら地獄の門を潜ってしまう人間だ = 坂口安吾「私は海を抱きしめていたい」の一節

最高に到達せんと欲せば 最低から始めよ = 古代ローマの劇作家 シルスの「箴言(しんげん)」の一節

まことに 人間の遭遇ほど 味なものはない = 歌人 折口信夫

人は愛があってもなお孤独であるし 愛がある故に一層孤独なこともある = 昭和の作家 福永武彦の「愛の試み」の一節

花をみる時 私は 花の心になるのである = 昭和の詩人 伊東静雄の『庭をみると』の一節

酒と人は 絶えず戦い 絶えず和解している仲の良いふたりの闘志のようだ。負けたほうが勝った方を抱擁する = フランスの詩人 ボードレール

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2003年6月 9日 (月)

 講演翁の株はバクチだ

 三毛猫様 私は講演翁と申す者です。あなたは株の事について何回も書いておられますね。私は株価の多少の上下はあっても 今後は少子化社会に向かって永続的な上昇は有り得ない事だと思っています。少なくとも 今の政治体制下では株価の上昇などないでしょう。今の不況は絶対に改善されません。株と贅沢は老後の敵です。今からは守りの生活こそが幸せを呼ぶコツだと思います。私の経験から 講演会などで次の様な話をしています。

 株の取引はバクチです。まともな人なら絶対にやってはいけません。私が現役で働いていた頃 老後の蓄えにと 少しずつ株を買っておりました。現金での貯金は殆んどせず もっぱら株を買っておりました。資本主義社会が続く限り 株式への投資が一番良いと思っていたし 証券会社のセールスからも強く勧められました。私の場合 株を売買して儲けよう等思ってもいなくて 老後少しずつ株を売って生活費に使おうと思っておりました。

 会社を定年になるまでの 株への総投資額は 約 5千7百万円程になります。しかし この不況 株安です。証券会社に時価評価して貰った所 約 1千3百万円でした。これでは老後の生活が成り立ちません。私はこの歳になって 初めて株の恐ろしさを知りました。個人が老後の生活費のために株を買う事は 大変なリスクが生じます。

 私は自分の経験から 講演を頼まれる度に次の様な事を 熱っぽく語ることにしています。
個人が株を買うのは絶対に止めなさい。株はバクチです。そんなバクチで老後の生活資金を貯めるとなると あなたの老後の生活は悲惨な結果になる可能性が大きいです。

 今からは年金も減額されます。今までの様に すでに年金を支給されている人は関係ないと思っていませんか。とんでもない。今貰っている年金が段々と減らされるのです。将来の年金生活を考えると 今は少しのムダ使いもしてはいけません。将来のために 年金の中からでも少しずつでも貯金しましょう。

要約しますと
1)個人は決して株を買ってはいけません。お金をドブに捨てる事になります。
2)生活費を切り詰めて 貯金しましょう。決してムダ使いをしてはいけません。老後はもっと厳しい生活が待っています。

 如何ですか 三毛猫さん。株価など上がる訳がない。自分の生活は自分で守るしかないのです。備え有れば憂いなしです。

   (これは全てフィクションです)

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2003年6月 6日 (金)

 本人確認(2)

【昨日5日の続き】(下の6月5日分を先に読んで下さい)

 私と同じことで困っている人が大勢居るに違いない。もう少しましな政府なら 国民に迷惑をかけない様に 今までの慣例を調べて 使用できる略字を決めてから本人確認の法律を実施するだろう。経済対策の失政で 自殺者が増大しても 国民の迷惑を感じない小泉内閣。これ位の迷惑は 蚊がさす程にも気にならない事かもしれない。それなら自分で何とかするしかない。

 困った時の市役所頼み。実は 何か困った事が起きた時 市役所の「市民相談室」に相談すると 何でも親切に相談にのってくれる。早速「市民相談室」に電話してみた。答えは簡単「あなたが良ければ 戸籍を略字の方に変えませんか」との事。簡単に直せるとの話であった。これは助かる。戸籍を直す方が 十数社の登録氏名を変更するより はるかに簡単である。

 早速今週の月曜日市役所へ行き 戸籍の 氏名変更手続きを行った。市民課で手続きをして 後は健康保険証の再発行。印鑑証明は自動的に変わるとの事。あと住民票を取り 上尾警察署へ行き 自動車運転免許証の氏名変更を行った。午前10時頃市役所へ行って 警察の氏名変更まで 午前中で終了。めでたし めでたし。

 参考までに 苗字を変える場合 戸籍に載っている者全員の変更手続きが必要。全員が同時に変更手続きをしなければならない(一人一人の印鑑が必要)。又 苗字と名前を変更する場合は 2度に分けて手続きする。(戸籍の全員の苗字変更後 自分の名前の変更をする)

 したがいまして 私は今週から 齊藤 實 改め 斉藤 実 となりました。どうぞ宜しく。でも何十年も使って ちょっと誇りでも有った難しい字 これでお別れだと思うと ちょっと寂しいな。

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2003年6月 5日 (木)

 本人確認(1)

 私の氏名は 齊藤 實 と書きます。いや正確に言えば だったと言う事になるが。ちなみに 齊藤のではない。よく間違えられるが 私の場合 下の部分が「示」ではない。しかし 齋藤の方が かなり人口が多い様だ。電話帳で調べて見ると 上尾市だけで 齊藤(斉藤)は 123名だが 齋藤(斎藤)は 531名 掲載されている。(さいとうだらけの感じ)

 じつは 齊と齋の話をしようと言うのではない。私の戸籍上の氏名は「齊藤 實」だが 通常は「斉藤 実」と略字を使用している。「齊藤 實」と記載されているのは 主に官庁関係で 戸籍謄本 住民票 健康保険証 印鑑証明 自動車運転免許証 等である。

 一方 略字の「斉藤 実」は 郵便局の貯金通帳 銀行の預金通帳 証券会社への登録名 関係会社への登録 各学校への登録(卒業証書はこちらが記載されている) その他 名刺 手紙と 日常生活では 全てこちらを使用している。これは生まれて以来 ずっと同じであり 一度も問題になった事はない。ところがである。今年に入って ある証券会社で本人確認のため 健康保険証のコピーを提出した所 名前の字が違うと書類を返されてしまった。

 ここでは 貯金通帳 預金通帳などが全て「斉藤 実」を使っている事を説明し 一応OKとなった。しかし 先月 郵便局で 貯金9千円を下ろそうとしたら 本人確認のため 何か見せてくれと言われたので 自動車運転免許証を見せた所 また字が違うと指摘された。郵便局では 貯金通帳の名前の字を訂正してくれと言う。

 ちょっとまてよ。郵便貯金の字だけ訂正したら 他の金融機関との お金の振替や送金の時 名前が違うと問題にならないか。郵便局に聞いたら その可能性は有るという。「斉藤 実」で登録しているのは 十数社有る。これを全て「齊藤 實」に訂正しなければならなくなる。これは大変な手間がかかりそうだ。生まれてこの方 問題なかった事が 何で急にダメだと言われるのだ!(怒) 今年から本人確認の法律が変わったとのことだが 突然勝手に変えるなよ!(怒)

この顛末記は【明日6日へ続く】

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2003年6月 3日 (火)

 月なきみ空にきらめく光

 読売新聞5月31日 朝刊の「編集手帳」の文を紹介したい。プロが書いたものだからうまいのはあたり前だが 私はこのような文が大好きだ。無断転載禁止となっているが こんな私好みの内容を紹介するのにいちいち断わってはいられない。怒られたら仕方なく謝るしかないが。

 『原曲の賛美歌に日本語の詞をつけた「星の界(よ)」という明治生まれの唱歌がある。「月なきみ空にきらめく光」と始まり 「人智(じんち)は果(はて)なし…きわめも行かん」とつづく。その二番では「いざ棹(さお)させよや窮理の船に」と歌っている。

 あすで閉館になる東京・池袋のサンシャインプラネタリウムで名残の星空を眺めていたら 聞き覚えの曲が流れ ドームの天井に歌詞が映し出された。人間の知恵には限りがない。さあ 真理探究の船をこぎ出そう。無辺の宇宙に無限の人智を重ね見た唱歌には 近代国家の道を歩み始めた明治という時代の はつらつたる気分が横溢(おういつ)している。

 人智が切実に問われた新型肺炎への対応では 一部の国の姑息(こそく)な情報隠しが結果として災禍の傷口を広げた。人智におごり おぼれ 生命倫理をなおざりにしてクローン人間づくりに血道を上げる科学者もいる。宇宙の大きさに比べ 人間の小ささ 愚かさの際だつ出来事が後を絶たない。

 人智の賛歌を朗々と歌えた昔とは 「星の界」を仰ぎみての感懐も違っているだろう。数ある星のなかでもなじみの深い北極星は 光が地球に届くまで約千年かかるという。梅雨入り間近 本物の星空にも休館日が多くなる。遠く平安時代に故郷の星を旅立った光。一夜 宇宙旅行を終えた旅人を出迎えてみてはいかがだろう。』

 今見ている北極星は平安時代の光。こんな壮大なロマンは 地球上には無い。人の悩みなど何と短くて小さい事か。片意地はらずに生きたいものだ。

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