44年前の今日
# ロケット誤噴射 技師200人火だるま バイコヌール基地44年前の惨事 #
1960年(昭和35年)10月24日「生きた人間が みるみる火の玉になっていった。そのすべてが ロケット発射を記録するためのカメラで撮影された」 ソビエト連邦 カザフ共和国のバイコヌール宇宙基地で発生したロケット事故である。約200人の宇宙技師が死亡した同事故の存在は 「宇宙開発史上 最大の惨事」として 西側世界では知られていたが ソ連政府は その発表を禁じてきた。
事故が発生したのは 60年10月24日。火星探査機を搭載したSS7型ロケットの発射が 故障発見で1日遅れ 約200人の技師が発射台上で遠隔操縦システムの点検中だった。突然、第二段ロケットが引火 ごう音とともに噴射口から出た火が ロケットの燃料タンクに達しロケットと発射台全体が火に包まれ 技師たちが次々に火だるまに。ロケットは真っ二つに破裂して発射台に崩れ落ち 他の技師たちも下敷きになって多数が死亡した という。
再検査の際 技師たちが燃料を抜き取るよう主張したにもかかわらず「発射成功」の報を急ぐ フルシチョフ共産党第一書記兼首相(当時)の圧力で 現場指揮にあたった ネジェーリン戦略空軍総司令官(元帥)が聞き入れず 事故を招き 自らも死亡した。
事故の一切は 発生と同時に作動した発射記録用のカメラが撮影したが ソ連政府は事故の公表を厳禁。遺骨も 各地の墓地に分散して埋葬した。ネジェーリン元帥の死亡も「飛行機事故」とだけ発表された。
共産主義国の独裁政治(恐怖政治)と報道制限はひどいものだ
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