がまの油売り(1)
「筑波山がま口上」の誕生は 今からさかのぼること200余年前 常陸国筑波郡永井村(現新治村永井)出身の「兵助」という男性が 故郷の薬・がまの油で一旗あげようと売り口上を考案 江戸・浅草の縁日の大道で披露したのが始まりといわれる。ちなみに「がまの油」とは 口上によれば かえるの分泌物にヤシ油などの成分を加えたもの。大阪夏の陣(1614年) 冬の陣(1615年)に従軍した中禅寺(現・筑波山神社)の住職 光誉上人が戦中の救急薬として がまの油を使用したところ傷口によく効いたことから 筑波名産「陣中膏がまの油」という名が世に知れ渡った と伝えられている。
がま口上の醍醐味は何といっても その独特の節回しと派手なパフォーマンス。「さあさあお立ち会い。御用とお急ぎでなかったら ゆっくりと聞いておいで見ておいで」という威勢のよい呼び込みで始まり がまの特徴や油の製法を得々と説いていく。薬効をまくしたて その実験だと刀をも抜いて実証してみせる熱演ぶり。紙を面白おかしく切ってみせ 華やかに散らせる最大の見せ場で 拍手喝さいが巻き起こり大いに盛り上がる。
子供の頃この口上が大好きでお祭りが来るのを楽しみにしていた。芸人が刀で腕を切るときは怖くて細目で見ていたものだ。久しぶりにTVで聞いたので 懐かしくて本格派をネット検索したが 長すぎるので主要部分のみ転載しよう。
『手前持ちいだしたるは これにある蟇蝉噪(ひきせんそう)四六のがまの油だ そういうがまは おれの家の縁の下や流しの下にもいると云うがそれは俗にいうおたま蛙 ひきがえるといって 薬力と効能のたしにはならん。手前持ちいだしたるは四六のがま。四六 五六はどこでわかる。前足の指が四本に後足の指が六本 これを名づけて四六のがま。このがまが住める所は これよりはる~か北にあたる 筑波山のふもとにて 車前(おんばこ)というつゆくさを食らう このがまの捕れるのは 五月に八月に十月 これを名づけて五八十(ごはっそう)は四六のがまだ お立合。
【下へ続く】
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